私の脳の延長線

普通の人を装った変人のつぶやき。

地獄の傍の人たちに何となく伝えたいことだったり自分を殺して何かを助けたときに走り始める

お昼12時の金峯山寺

法要を聞くことが

ここ最近の日課になっています。

 

これは年齢関係ないと思うんですよ。

 

何となく

心身に響くんです

本当に偉い方がお経を読んでくれているので

当たり前だとは思うのですが( ´∀` )

 

もともと

そういう質ではあるんです

何となく

何に向かっているかわからなかった

信仰心が

ようやくこの年齢に来て

あんたの場所

作っといたで

 

と言って

ふいに昔から

縁があったはず

しかし

色々なことで

忙殺されていた場所に

 

ほれ、

と言って運ばれてきて

ああ懐かし

ということで

色々なお思い出と共に

お迎えいただいたような

そんな感覚。

 

人は人より上に見られたい

 

 

そういう気持ちは

強いかもしれませんが

案外

人と人は繋がるものだ

と悟った時に

世界平和だったり

人類皆兄妹

だったり

そういう

人の鎖みたいな縁に

時には嘆き

時には喜び

 

そういうものだと思います

 

人の縁というのは

何と言いますか

簡単なようでむつかしい

 

もうとうに切れた縁でも

蜘蛛の糸のように

上ってくる

ああ

まだ繋がりたいんだ

そんなことを思いながら

喉の奥から

何かしらが出てくる。

 

人は切った縁を

簡単に結ばない

 

でも、

簡単に結べるのは

損得勘定

 

これがあると簡単に結べる。

 

 

だからこそ

二度と会いたくない人がいる

地獄の傍で

出会った人たち

どうやって生きていくのかは

私には関係ない

 

そうやってでも

存在感を放っていく

 

人間は基本

自分のことしか考えられない

でも、

自分を殺して

人のためを思ったとき

何かが走り始めるんだと思います